35mmフィルムを使うカメラ。画面フォーマットとしてはライカ判(24mm×36mm)が主流。
パチンコは日本ではポピュラーですが、外国人がパチンコ施設をみると必ず何かを訪ねてきます。きらびやかな照明が印象的なのでしょう。パチンコの歴史は、1925年頃、あるゲーム機を改良してつくられたのがはじまりとされています。また、本来は欧州から輸入したウォールマシンが元であるという説もあります。
記録としてのこっているのが、1930年に第一号店が名古屋でパチンコ店として開店したとされています。6年後の1936年には高知県で大流行して、30店舗以上のパチンコ店が開業したそうです。日本人の気質にあっていたのでしょう。娯楽としてのパチンコはこれ以降、全国的に広まろうとする勢いをみせます。
ところが、1937年には、戦時特例法によって、パチンコ店の新規の開店が禁止されてしまいます。リンクサービスそれ以降、現在、パチンコで用いられているパチンコ玉と同じタイプの鋼球式が登場します。100円単位のお金で、うまくいけば、景品の価値として10倍以上のもうけがでるパチンコは手軽にできるギャンブルのひとつとして、日本国内にひろまっていきます。
パチンコは一種のギャンブルですが、ゲームとしても登場しています。ゲームセンターにあるパチンコマシン、あるいはパソコン上で遊ぶパチンコゲームなど、方法も簡単で誰にでもできる遊びとして、パチンコはいまや国民的なゲームのひとつとして存在しています。一方で最近問題になっているのは、パチンコに夢中になるあまり、自分の幼い子供を車の中におきざりにして、何時間も放っておいた結果、熱中症になり亡くなってしまったという事件も多く発生しました。
これを受けて、パチンコ店の一角を壁で仕切り、こどものための遊び場を設置してこどもを預かったりという対策もとられるようになっているようです。こうした早期の対応策を実行することは大切なことです。今は、スーパー内などにもこどもが遊べるスペースが設けられています。父親か母親のいずれかが買い物をしているあいだ、どちらかが見ているか、年長のこどもがいれば、小さい子をみていたりという光景を目にします。
パチンコの変遷は時代とともに方式もずいぶん変わってきました。昭和の頃は板に釘が打ち込まれ、その間を金属の玉が落ち、要所要所にあるポケットに玉が入れば、さらにいくつかの玉が増えるという流れです。現在も玉がポケットに入れば、さらに玉が増えるというところは同じですが、コンピュータで制御されているというところが大きなちがいでしょう。
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